以下は、2001年12月6日に読売新聞に載った記事の引用です。

冬桜、ビワ、イチョウ、ケヤキ、コブシ、モミジ……。20数本の木々に囲まれた石神井幼稚園の中で最も目を引くのは、広い園庭の真ん中にある高さ10メートルほどの大きな木だ。 枝には太いロープが2本結ばれ、園児たちがぶら下がって「ターザンごっこ」をしている。小さな子は、タコの足のように伸びた根を踏み台にしてロープにつかまる。格好の遊び場だ。 近付くと、「この樹木は以前から『いのみ』と呼ばれ、子供たちに親しまれてきました」と書かれた板が幹に掲げられていた。
「初めて聞く名? そうでしょう。本当はムクノキなんですから」。園長の豊田三郎さんが教えてくれた。
開園間もない1956年、豊田さんの義父で初代園長の勝夫さんが、50メートルほど北の雑木林から移植した。当時は3メートルほどだったが、今では立派に成長した。勝夫さんがなぜか「いのみ」と呼んでいたため、園児や保護者の間で、すっかりこの名が定着したという。
練馬区は今年6月、この木を保護樹に指定した。区は当初、木の名を記す板に「ムクノキ」とだけ書こうとしたが、豊田さんは「3800人の卒園生が親しんできた呼び名を残せないか」と頼み込んだ。区は「子供たちの思い出を大切にしたい」と、特別に俗称の併記を認めた。
だが名の由来はわからないままだ。区公園緑地課の木谷勝・計画係長はこう推理する。ムクノキは「ムクエノキ」とも呼ばれる。これが「エノキ」に略され、なまって「イノキ」となり、さらに実がなる木なので「いのみ」になったのではないか……。木谷さんは「いずれにせよ、こう呼ばれている木はほかに聞いたことがありません」と話す。
「いのみは園のシンボル。義父が亡くなる前に、理由を聞いておけばよかったかな」。葉を落とし、冬支度をすませた木を見やりながら、豊田さんが笑った。